
エレメンツ
鴇田智哉[著]
句集
第 11 回小野市詩歌文学賞受賞の前句集『記憶における沼とその他の在処』より、約 3 年ぶりの著者新句集。
疎に椿咲かせて暗き木なりけり
空に日の移るを怖れ石鹼玉
闇を瞠るや冷房の幻聴に
可笑しいと思ふそれから初笑
菊吸や茎に微塵のひかり入れ
人と舟秋解纜にひとつ影
返り花川は巌の段に急
仮初に涼しと詠みて徐々に情
鵯の山雨をこゑに私す
この作者は、目に映り、耳に聞えるものを、ふつうの感受のしかた以上に克明かつ分析的に捉え、それをやや理屈っぽくも見える、解像度の高い言葉遣いで再構成する。だが、決して「言葉だけで遊んだ俳句」ではない。 生身で受け止めた世界の手応えを、徒労すれすれの誠実さと、いくぶんかの不器用さと生硬さをもって一句に仕上げる。その句はしばしば、今まで見たことがなかったような物事の相貌を見せてくれる。
--岸本尚毅
描線
解纜
こゑ
あとがき
本作は第 4 句集です。
前作『記憶における沼とその他の在処』上梓以降、現場の理想化前の僅かな驚きを書き留めること、些末を恐れず分明判断を超えてものを見ること、形而下の経験的認識が普遍性に近づくその瞬間を捉えること、イメージを具象的言語表現で伝えることなどは山険しけれど古い方法ではなく、現代の俳句を切り開く方法の一つになり得ると思うようになりました。
「描線」は 2018 年、「解纜」は 2019 年、「こゑ」は 2020 年作です。この間、新型コロナウイルスが世界中に蔓延し、自分がどう向かい合うべきかを考える日々でした。加えて、持病の幻聴がもたらす生きることの困難さと闘う日々でした。古今の俳句などに親しむことによって自分の俳句観が大きく変わっていくのを実感した時期でもありました。前作までは採らなかった編年体を、若干の構成も入れつつ、今作で採ったのは、この疫禍を挟み俳句をどう書いたのかの「私」の標が要るように思ったからです。「記録」ではなく「書くことを書く」という俳句を記せていたら幸いです。
岡田 一実(おかだ かずみ)
1976 年富山市生まれ。愛媛県松山市在住。2010 年第 3 回芝不器男俳句新人賞にて城戸朱理奨励賞受賞。2014 年第 32 回現代俳句新人賞受賞。2015 年「らん」同人。2019 年句集『記憶における沼とその他の在処』(青磁社、2018 年)にて第 11 回小野市詩歌文学賞。現代俳句協会会員。
そのほかの句集に、『境界-border-』(マルコボ.コム、2014 年)、『新装丁版 小鳥』(マルコボ.コム、2015 年)。